事業承継
経営者が知っておくべき事業承継の基礎知識
01事業承継の基礎知識
事業承継の意義と重要性
事業承継とは、現経営者が引退後に企業の経営を次世代に引き継ぐことです。事業承継は、企業の存続や成長のために欠かせないプロセスであり、承継がスムーズに行われないと、経営の混乱や競争力の低下を招きかねません。また、従業員や取引先の信頼関係も影響を受けるため、計画的な承継準備が重要です。事業承継を適切に行うことで、企業は次世代にわたり安定した運営を続けることができます。
事業承継の種類と特徴
事業承継の方法は主に以下の3つに分類されます。
親族内承継: 家族や親族に経営を引き継ぐ方法です。親族への承継は、従業員や取引先の信頼関係を維持しやすい点がメリットですが、後継者が経営能力を持っているか確認する必要があります。従業員承継: 役員や従業員など、企業内から後継者を選ぶ方法です。経営や企業文化を理解した人材が引き継ぐため、円滑な引き継ぎが期待できますが、従業員が承継資金を用意できるかが課題です。第三者承継(M&A): 外部の企業や個人に事業を譲渡する方法で、買収や合併を伴います。買い手側が企業の成長を図る場合も多く、従業員や取引先にもプラスの影響を与えることがありますが、M&A交渉には高度な知識が求められます。
承継までの理想的なスケジュール
事業承継には通常5〜10年の準備期間が推奨されます。経営者が引退を決意した時点から、まずは承継の準備を始め、後継者の選定、経営権の移行、税務対策を順次進めます。スケジュールとしては、まず初期に現状分析を行い、後継者の育成に5年ほど、承継直前の2年間で具体的な手続きを進めることが理想です。
期間 | ステップ | 主な内容 |
5〜10年前 | 事業承継の意識と方針の決定 | 経営者が事業承継を検討し、承継の基本方針を決定。 |
5〜8年前 | 現状分析と課題の明確化 | 財務状況、事業の強み・弱み、将来の課題を分析し、課題を洗い出す。 |
3〜5年前 | 後継者の選定と育成開始 | 後継者候補を選び、必要な教育・研修を計画し、育成を開始。 |
3〜5年前 | 承継計画の策定 | 事業承継に向けた詳細な計画を立て、必要なステークホルダーへの説明を準備。 |
2〜3年前 | 税務・法務対策 | 税務対策や特例措置の適用可能性を検討し、法的な準備を進める。 |
1〜2年前 | 最終確認と経営権の移行準備 | 企業価値の評価を行い、承継の最終準備(契約書の確認や手続き準備)を進める。 |
6ヶ月〜1年前 | 承継手続きの実施 | 経営権・株式の移行、承継の法的手続きを実行し、完了に向けた進行管理。 |
承継直前(数ヶ月前) | 関係者への説明・最終調整 | 従業員、取引先、金融機関など主要な関係者に正式に説明し、調整を行う。 |
承継後1年間 | 承継後1年間 | 元経営者が後継者をサポートし、安定的な経営体制を構築する。 |
02事業承継の準備と計画
現状分析と課題の洗い出し
事業承継の第一歩は、現在の事業や財務状況を分析し、承継の際に予想される課題を明確にすることです。企業の強み・弱み、機会・脅威を明確にし、事業が安定して承継されるための対策を講じます。具体的には、財務状況の確認、資産の整理、主要顧客や従業員の現状把握を行います。
後継者の選定と育成
後継者の選定は、企業の将来において最も重要な要素です。選定基準として、経営能力、経営ビジョン、従業員や取引先からの信頼度を重視し、育成計画を立てることが推奨されます。後継者の育成には、経営ノウハウの伝授や役職への順次登用が効果的です。
企業価値の評価方法
事業承継において、企業の価値を正確に評価することは、後継者や第三者への引き継ぎにおいて不可欠です。企業価値は主に以下の3つの方法で評価されます。
純資産法
純資産法は、企業の総資産から負債を差し引いた「純資産」を企業価値とする方法です。企業が現在保有する資産をもとに評価を行うため、企業の実際の財産状況が把握しやすいのが特徴です。この方法は、特に企業の資産価値が重要視される場面でよく使われます。
計算方法の流れ
- 企業が保有する「資産」をすべて集計します(例:現金、不動産、在庫など)。
- 集計した総資産から「負債」を差し引きます(例:借入金、未払金など)。
- 差し引いた「純資産額」が企業の価値として算出されます。
メリット
純資産法は、資産の価値が明確な場合に適しており、シンプルな方法であるため、資産管理が整っている企業にとっては把握しやすい評価方法です。
DCF法(割引キャッシュフロー法)
DCF法(Discounted Cash Flow:割引キャッシュフロー法)は、企業が将来生み出すキャッシュフロー(現金収入)を現在の価値に換算して企業価値を求める方法です。将来の成長性や収益力を評価することができ、企業の収益を重視した評価として多くの場面で活用されます。
計算方法の流れ
- まず、企業が今後一定期間にわたって得られる予測キャッシュフロー(年ごとの利益や収入)を見積もります。
- 次に、将来のキャッシュフローを現在価値に換算するため、「割引率」を設定します(リスクや資本コストに応じて設定されます)。
- 最後に、割引率で割引いたキャッシュフローの合計を求め、これが企業価値となります。
メリット
DCF法のメリットは、企業の将来の収益力を重視した評価ができる点です。特に成長中の企業や利益を重視する企業の評価に適しています。
市場比較法
市場比較法は、同業他社の取引データや株式価格と比較して企業価値を評価する方法です。同じ業種で似た規模の企業の取引価格を参考にすることで、相場に基づいた評価が可能になります。
計算方法の流れ
- まず、同業他社や市場での取引価格や、株式の価格データを収集します。
- 次に、取引価格を基に評価倍率(例:PER、PBRなど)を算出し、それを評価する企業に適用します。
- 最終的に、倍率を掛け合わせた金額が企業価値として算出されます。
メリット
市場比較法のメリットは、業界内の相場に基づいた評価が行える点であり、投資家が関心を持つ相場を反映した企業価値を出せるため、M&Aなどでよく利用されます。
承継計画の策定方法
承継計画は、具体的な引き継ぎプロセスを含めたロードマップを作成することが重要です。承継完了までの期間、各ステップの目標、後継者の役割分担や育成計画などを組み込みます。専門家のサポートを得ながら、綿密な計画を策定し、定期的に見直すことで成功する承継を目指します。
03税制対策と特例措置
事業承継税制の概要
事業承継税制は、相続や贈与によって企業の株式を後継者に承継する際の税負担を軽減する制度です。承継者が一定の条件を満たす場合、相続税や贈与税の納税が猶予される仕組みであり、中小企業にとって大きなメリットがあります。
特例措置と適用要件
特例措置を利用することで、税負担を大幅に軽減できますが、適用にはいくつかの条件があります。主な条件は、後継者が株式の過半数を取得すること、一定期間の経営維持、事業の継続などです。また、承継後も後継者が経営を維持する必要があり、条件を満たさないと猶予税額が課税されます。
税負担の試算方法
税負担を試算することで、承継時にどれほどの税額が必要になるか予測できます。贈与や相続のシミュレーションを行い、事前に計画を立てることで、税負担を軽減できるような対策を検討します。計算には、株式評価額や贈与・相続の評価方法が重要です。
具体的な節税対策
節税対策として、後継者に早期に株式を贈与する、特例措置を最大限に活用するなどが効果的です。その他、事業承継税制に対応した財産の分割方法や信託制度も活用できます。
04具体的な承継方法
親族内承継の進め方
親族内承継は、家族間で行う承継方法です。後継者と現経営者が信頼関係を築き、企業文化を引き継ぐメリットがありますが、経営能力や資金面での課題を解決する必要があります。計画的な育成を通じて、親族内承継の成功率を高めます。
従業員承継の手順
従業員承継は、社内の役員や従業員に引き継ぐ方法で、経営の連続性を維持しやすい手法です。従業員に経営権を譲渡するための準備や教育が重要です。従業員が出資可能な体制づくりも考慮します。
M&Aによる承継
M&Aによる承継は、外部の企業や個人に事業を譲渡する方法です。成長が期待できる新しい資本を取り入れることができる一方、企業文化の変化や、取引先や従業員への影響を考慮する必要があります。
各手法のメリット・デメリット比較
各承継方法の利点・欠点を比較表にまとめることで、経営者や後継者が自身の企業に合った承継方法を選べるようにします。たとえば、親族内承継はコストが低い一方、経営力の育成が課題となりやすい点などが挙げられます。
05ステークホルダー対応
従業員への説明と対応
事業承継は従業員にとっても大きな変化であり、安心して働き続けてもらうために、タイミングと方法を工夫して伝えることが重要です。誠実な説明が信頼関係を築く鍵となります。
取引先・金融機関への対応
事業承継を円滑に進めるために、取引先や金融機関への対応も大切です。早期に信頼関係を再構築し、支援を得ることで、経営者の変更が円滑に進みます。
親族間の調整方法
親族間での意見の違いが問題となる場合もあります。事業承継を進める前に、家族会議などで意見調整を図り、共通理解を築くことが重要です。
06支援制度の活用
公的支援制度
中小企業向けの事業承継支援制度を活用することで、承継に関する費用負担や手続きの支援を受けられます。地域ごとの制度も多いため、地元の商工会や支援機関への相談も有効です。
補助金・助成金
事業承継に関連する補助金や助成金を利用することで、承継に伴うコストを削減できます。事業承継補助金などが活用でき、経営者や後継者の負担が軽減されます。
専門家への相談方法
税理士や弁護士、事業承継コンサルタントなどの専門家に相談することで、円滑で成功率の高い事業承継を進めることができます。